わいずプレミアムインタビュー 農家レストラン創業 𡌛島五兵衛さん

2022年06月06日 | 誰でも

 農園でとれた新鮮な野菜や果実を素材にした料理を提供する「農家レストラン」。食の安全や農への関心の高まりから全国に広がり、1244軒(2020年農林業センサス)を数える。その草分けとされる農園が約半世紀前、大阪府枚方市に誕生した「杉・五兵衛」だ。創業者の𡌛島(のじま)五兵衛さん(73)に、先駆者としてのこだわりや農業への思いを聞いた。

 (聞き手 わいず倶楽部マネジャー 音田裕一郎)

 ——大学卒業後の1971年に農園を創業し、73年に農家レストランを始めた。当時としては珍しい業態をどのように思いついたのか。

 農家の長男で、幼い頃から家業を継ごうと決めていたが、近畿大学で農業経営を学びながら、農業で世界と戦っていけるのかと真剣に悩んだ。時代は高度経済成長のまっただ中。農業も、工業製品のように大量生産することが求められていた。でも、農産品が自由に輸入され始めたら、日本より農地が広大な米国や豪州に「量」で勝てるはずがない。「量」以外の農業の価値を突き詰めた結果、レストランにたどりついた。

 ——農業の価値とは?

 日本では梅の花が咲くだけでニュースになる。盆栽の文化もある。植物が育って花が咲き、実ること自体に、人の心を感動させる価値があると気がついた。

 例えば、春に土手を歩いていてタンポポやツクシを見つけたら、「春やな」とうれしくなる。ツクシ3本ではお金にならないが、春は菜の花も咲く。菜種(菜の花)の漬物で押しずしを作って、ツクシ3本を添えて、「春一番です」と言ってお客さんに出したら、お金を払ってでも食べてくれる。量は少しでも、その土地ならではの価値を生かした農産物の売り方が出来る。

 ——レストランに併設の農園ではロバを飼育している。なぜロバなのか?

 栃木県の農場に視察に行った時、目がかわいいロバに一目ぼれして3頭を譲り受けたのが始まり。今では十数頭を飼育している。このロバが畑の雑草や野菜くずを食べて大量のフンをするのを見て、堆肥(たいひ)にしようと考えた。フンを発酵させて堆肥にし、野菜を育てている。ロバのおかげで農薬や化学肥料を使わない「有機循環農法」が出来ている。

 ——国連のSDGs(持続可能な開発目標)にも通じる実践ではないか。

 その通りだ。SDGs達成に向けた取り組みで、2025年大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」の実現を目指す「TEAM EXPO 2025」の「共創チャレンジ」にも参加している。今後、「ここち良いオーガニック社会」の実現に向けて情報発信をしていく。

 ——この半世紀、お客さんの意識は変わったか。

 農園をもっとじっくり味わいたい、ゆったりしたいという人が増えた。所有など「モノ消費」から、体験を重視する「コト消費」への変化かもしれない。そういうニーズに応えるため、手ぶらで優雅なキャンプが楽しめるグランピング施設を農園内に計画している。

 ——農家レストランを長く続けていく上で何が大切か。

 俺は元々レストランがやりたかった訳ではなく、農産物を売る手段としてレストランを始めた。だから、農園で「本物」の農業を続けながら、その営みを見てもらえるように工夫してきた。「本物」かどうかは、お客さんには分かる。

 ここ大阪・枚方の地で追求したのが農耕の原点だ。自分で種をまいて育てて、花が咲いたらうれしいし、芽が出て実ったらうれしい。それを家族に食べさせて、余ったら貯蔵して加工する。この営みが基本。

 きょう一日、来られたお客さんを家族だと考える。本当の家族なら農作業を手伝ってもらうが、代わりに代金をいただく。安売りはしない。農業の価値を落とすから。うちの料理は「日本一高い」と言われてきた(笑い)。

 農家レストランを含めた日本の6次産業化には地域振興の視点が必要だと思う。単に生産、加工、販売を行うのではなく、その土地ならではの気候、風土、文化まで含んで展開すれば、他ではまねが出来ないし、生き残っていけるはずだ。

写真=
𡌛島五兵衛さん

⇒農園を満喫 日帰りツアーの記事はこちら

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