70年大阪万博 あの感動を今も――会員が体験談

2020年05月25日 | イベント報告

 大阪万博開催50周年を記念し、わいず倶楽部が、当時の万博会場内でスタッフとして活動したり、準備段階から開催に関与したりしたわいず会員を紙面・WEBで募ったところ、30人を超える応募があった。多くの人が未来都市のような会場での日々を熱く振り返ってくれた。今回は応募してくれた会員らの貴重な経験を紹介する。

写真=前田正男さん(兵庫県姫路市)が送ってくれたのは、1970年3月22日付の読売新聞の見開きカラー紙面。会場西側の空撮で、鮮やかなパビリオンの色彩と多くの来場者の姿が確認できる。「行く時の参考に取り置いていた。混んでいた館を避けて回った記憶がある」と話す(右下がアメリカ館、中央上がソ連館)。

今も続く交流

 約4万枚の鏡を外壁に張りめぐらし「鏡の殿堂」と言われたカナダ館。同館で案内係を務めた稲岡文江さん(兵庫県伊丹市)は「毎日が楽しくて、休日でも会場に行っていました」と笑う。1970年4月に英国のチャールズ皇太子が来館した日も「オフでしたが館に行ってすぐ近くで拝見。カッコ良かったです」。

 バンクーバーと名古屋にいる2組のカナダ人スタッフとは、今も交流が続いている。「多くの国の方と触れあえただけでなく、一生ものの友人もできました。かけがえのない時間でした」と話した。

充実の研修と体験

 吉村惠子さん(大阪市住之江区)は「暮らしの美」をテーマにする日本民芸館(現大阪日本民芸館)で要人対応を含む通訳コンパニオンを担当。開幕1年前に内定を受け、民芸品の「実用に即した美」を1年間じっくり学んだという。

 人間国宝の陶芸家・濱田庄司さんから直接陶芸を教わるなどした。「同僚と手仕事にかかわる日本各地の名工の工房も見学し、世界の要人に対応するため伝統芸能やバレエ、ミュージカルなども鑑賞して勉強しました」。そのうえで、「会期中は充実した日々を過ごせました。研修での経験が、後にヨーロッパで生活した時も役立ちました」と振り返った。

会場からニュース発信

 読売新聞大阪本社政経部(現経済部)OBの中井雅樹さん(大阪府吹田市)は入社5年目の69年に万博担当になり、社会部と合同の取材班の一員として、会場のプレスセンターに詰めた。イベントや外国首脳らの来場、企業パビリオン来館などを取材したという。

 「万博は当時の関西経済界の力を実感できた。同時に技術やデザイン、暮らしなど色々な切り口を提示してくれた見本市でもあった」と語る。毎日通う中、「会場内は物の値段が高かった」と感じたのも、思い出の一つだ。

合唱で開幕盛り上げ

 70年3月14日の開会式では、内外の招待者約8000人を前に、いくつかの合唱団が「EXPO’70讃歌」などを合唱。前夜に雪が降る「寒い春」だった。勤務先の銀行の合唱団から参加した伊藤広子さん(滋賀県高島市)は「吹きさらしの会場は本当に寒く、ロングスカートの下にズボンをはき、セーターで臨みました」と言う。印象深い開会式だっただけに、「半世紀たった今、すごい催しに参加できたんだと改めて思います」と声が弾んだ。

◇◇◇

 わいず倶楽部の大阪万博50周年記念イベントは現在、開催可能な企画案を検討中です。内容や日時が決まり次第、紙面・WEBで告知します。

PR

  • OYS WEBSTORE
  • 大阪よみうり文化センター
  • 大阪読売サービス
  • 休暇村
  • すくすく新聞
  • 記念日の新聞