「心の修練 新しい生き方」――薬師寺・大谷徹奘さん法話

2020年06月01日 | 連載

 緊急事態宣言が解除され、ある意味で「強制的な自粛」から、「自ら努める自粛」へと変わりました。大げさな言い方かもしれませんが、これから私たち一人ひとりの行動が、世の中を変えてしまうほどの影響力を持っていることを自覚しなければなりません。

 誰かに指導を受けている間は我慢できたものが、自制しなくてはならなくなると段々と甘くなるのが私たちです。植木等さんが歌っていた『スーダラ節』の中に「わかっちゃいるけど やめられねぇ」というフレーズがありますが、これこそが人間であり、正に妙を得た言葉だと感服しています。

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 中国・敦煌(東千仏洞)壁画の中に薬師寺が属する法相宗の始祖・玄奘(げんじょう)三蔵が、猿と馬と共に描かれているものがあります。猿は孫悟空として玄奘を助け、馬は砂漠で瀕死(ひんし)の玄奘を救った、共に強い味方です。いかに優れた玄奘三蔵といえども、一人では偉業を成し遂げられなかったということを象徴している壁画だと思っていました。

 しかし、最近学び始めた経典に「心猿意馬(しんえんいば)」という言葉があることを知り、今までとは全く異なる理解をするようになりました。「心猿意馬」とは、心におこる欲望や心の乱れを、騒ぎたてる猿や走り回る馬に例えた言葉です。よく考えれば猿も馬も元来は野生で、よほどに訓練しなければ怪我(けが)をすることになります。

 それと同様に修練のない心が暴れ出したならば、人生を狂わせてしまうのです。壁画は「玄奘三蔵にも暴れる心はあった。しかし、それを制したからこそ事を成就できたのだ」と、心を調えることの重要性を訴えているように見えたのです。

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 では修練をしないと心はどのように暴れるのでしょうか。それについて仏典では「三慢」という心の働きを紹介しています。三慢とは、「慢心・傲慢(ごうまん)・怠慢」のことで、徹奘流で意訳すると次のようになります。

 慢心=自分だけは絶対大丈夫
 傲慢=人の意見は聞こえない
 怠慢=今の自分を変えない

 これが私たちの実像なのです。仏教の深い人間観察に敬服せずにはいられません。

 師匠・高田好胤和上は「仏教は気づきの宗教。気づけば直すことが出来る」とおっしゃっていました。自分で自分を測ることは容易ではありません。その時に〈三慢という目盛りのついた物差し〉を活用してください。そして自分自身に気づきを与えてほしいのです。

 新型コロナウイルスにより今までと同じ生き方はできません。しかし、この機に新しい生き方を身につける訓練を重ねたならば、自粛が解かれる頃には「あの人は自粛を好機にしてすごいね」と言われるようになると思います。

(薬師寺執事長、大谷徹奘)

写真=東千仏洞壁画を模した「玄奘取経図」(薬師寺蔵)と大谷執事長

⇒「学びの時~自粛を好機に~」――薬師寺・大谷徹奘さん法話

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